Wonderful Stories of Miz.K

Miz.Kとかいう限界オタク大学生のブログです。

さらばキハ181系はまかぜ 後編


餘部駅の一駅前。鎧駅。ここから長いトンネルを抜けた先には、余部鉄橋!・・・でしたが、去年の7月に新コンクリート橋に立て替えられました。

トンネルの出口から橋が見えてきた。

視界が開いた瞬間、眼下には日本海が待ち構えてありました。


餘部に到着。ここでの滞在時間は40分。短いですが気にせず、駆け足観光。

駅のホームから。この駅のホームも架け替え工事の際に新しいものに変わってしまいました。

コンクリート橋の全貌。隣には少しだけ保存するために残された旧鉄橋があります。

↑参考 2006年に訪れた際の鉄橋をわたる写真。少し透けて見える上、
ガタンガタン!というすさまじいレールの響きがしました。

餘部鉄橋は、1911年、米国のブリッジ社生産の鉄が日本海から船で運ばれてきて、
組み立てたそうです。トレッスル橋、明治時代最先端の技術でした。その橋にはかつては何両にもなる客車列車や優等列車が轟音とともに走り去っていきました。今では2両のワンマンが大半。長くても4〜6両程度。時代の移り変わりは激しいです。
鉄橋ができた当初は、餘部駅は存在せず、集落の一部の学生たちはなんと!鉄橋の上を歩いて、隣の鎧駅まで行き、そこから列車で通学していたようです。現在考えてみたら、「そんな危なっかしいことできるか!」と言いたくなりますが、しょうがない。そんなこともあって駅がしばらくたって作られました。


餘部駅

駅の下に下りて、新旧橋の比較。コンクリート橋はがっしりしてますが、あまり風情がありませんな。

はまに行ってみる、すると日本海の波が俺を襲う!ギャアアアアアアア!
危うく、沖に流され・・・なかった。

山から、コンクリート橋が出現。かつては、空にそびえる鉄の橋〜と歌われましたが、いまでは
空を切り裂く石の橋〜、でしょうか。山側の旧餘部鉄橋の大半はすでに撤去されて跡形もありません。

日本海の荒波。潮風を受けながらもただそびえている2つの橋。

2006年訪問時の写真。鉄橋を渡る各駅停車。

近くの川に石を積んでみたのも良い思い出だったり。

その川がこれです。すぐ近くには海が。川の終点。

下から2つの橋を見る。

駅には旧鉄橋の内部を通って行く通路が完成していました。
駅まで10分弱。ハアハアゼエゼエ・・・。
すると入線チャイムが。「やべえ、遅れる!」
そう思って坂道を駆け上がりました。
すると・・・・キハ181の臨時便でした!!!

一瞬で通っていきましたが、なんと今後なかなか見れないキハ181形が新コンクリート橋を渡る写真が撮影できました!

ホームには旧鉄橋の切断された鉄の一部がいすになっています。

これから観光客が増えるであろうからきちんと待合室も作られています。

列車で出発。カメラは鉄橋が切断されているまさにその部分を捉えることに成功しました。

香住に到着。ここから、特急はまかぜで姫路に。

キハ181の運転室。ああかっくいい。


今回はグリーン車に乗車!
ああ、懐かしい。

シート。かなりすわり心地がいいです。一度乗ってみたかったんだなあ。

グリーン車の席番表。
車番プレート。キ=気動車・ロ=グリーン車の意味です。数字は形式と生産番号。改造されたものは車番変更が行われることが多いため、〜番台と言います。

シートの後ろ。

リグライニング角度が半端なくすごいです!!!これでゆったりできるわ。

席にはテーブルが備えられていますので、設置してみました。
席にはグリーン券と特急券のセットの一枚の券が。
高かったんだぞ。そのグリーン車が新型車両では無くなったので残念です。



外はすでに真っ暗。それでも走り続けます。

車掌室が2号車にはあります。グリーン車と同じ号車です。サービス向上の面もあります。

車内通路。

そして、ついに列車は姫路に到着。

グリーン降車口。グリーン車のマークが。
ちなみにグリーン車の名の由来は昭和天皇は緑(自然)がお好きだったからだそうです。

特急はまかぜ。大阪に向けて走り去りました。


姫路駅の名物、えきそばを晩飯にします。この独特の味、たまりませんなあ。心が落ち着きます。
新幹線で岡山に戻り、快速マリンライナーで坂出に。指定席です。白い箱の中身はカニ

坂出に到着。長くて楽しい一日でした。

後日、カニを食べると、なかなかの旨さでした。『かにかにはまかぜ号』なる臨時列車が運転されるだけあります。
その臨時列車にも新型車両が充てられるのでしょうね。